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#オリジナル小説 #ホラー 幸福なものたち 暴食01

mugi

表紙06 

01

アンドレアスは何処にでもいる普通の男だ。一軒家に妻と息子と共に住んでいる。かつてあれほど美しいと思っていたはずの女性はぶくぶくに肥えた体系に成り果て、かつてあれほど無邪気で可愛いと思っていたはずの息子は今や父親を馬鹿にし、あまつさえギャンブルにまで手を染めている。生計は成り立っているし、不幸ではない。家族仲が特別悪いわけでもない。妻が肥えたことに目を瞑れば料理上手で食べることが好きな普通の主婦だし、息子がギャンブルが趣味だといっても自分の稼いだ金で遊ぶ範囲。特別悪いわけではない、多少邪魔者扱いされているだけで。
「今日の夕飯はお肉たっぷりのシチューよー」
声を共に食卓に並べられる、シチューとサラダとパン。何処にでもあるものではあるが、彼は正直肉が好きではない、固いばかりのすじばった肉。咬んでも咬んでも噛み切れる気がしない。結局ころあいを見計らって飲み込むしかない。肉が入っていないのがいい、などといえば、だったら自分で作れば?と言われるのは目に見えているので黙って食べる。息子はおいしいと言ってばくばくと頬張っているのを見て、あんたも何かいえないの?というプレッシャーを込めた目でこちらを見てくる。適当に「美味しいよ」と言えば、心が篭ってないといわれる。どうしろっていうのだ。

そんな彼は何故か生肉工場なんぞで働いている、とはいえ肉の塊になったものを梱包するだけの流れ作業だ。肉にする加工段階を見たことがあるわけではなく塊になったものしか見たことがない。あんなにも固いので、何から出来ているのかと聞いたことがあったが、肉から出来ている。と答えられた。答えになっていない。夕食後少しのんびりした後日課となっているジョギングへと出かける。妻の体型を見て自分も同じものを食べているのだから肥るかもしれないという恐怖心から行ってはいるが、彼の体型も細身というわけでもなくどちらかといえば肥えている。ジョギングというよりも下手なスキップをしているように見えるが本人はジョギングのつもりでいる。外の夜風が心地よく流れていく、夜に外出するものは少なく、街灯がぽつりぽつりと道を照らしている程度。いつものペースで足を進めて十字路に差し掛かる。何時もならここまで来て自宅へと引き返すのだが、まだ体力に余裕がある。もう少し走ってみようという気になった。どの道へ行こうかと迷ったが、馴染みある職場の方面に足を向けた。この道へと入ると住宅街だった先ほどとは比べて閑散としている。工場の付近は生物を扱っているためかどうしても臭いが発生する。そのために住宅は建てられる事がなく、明るさも工場の防犯灯くらいしかない。
「失敗したな」
成人してから幾分と経つ身であっても薄暗い場所はちょっとした恐怖だった。引き返そう。踵を返して一歩足を進めた時
「キリキリ歩け!!ぼさっとすんな!」
怒声が聞こえて振り返る。ここには工場しかない、こんな時間に仕事をしているのか?だが、アンドレアスが普段仕事をしていて怒声が飛び交ったことなど一度もない、ここの上司は怒鳴ったりしない、何時までも嫌味のように失敗談をねちねち言い続けられ、見下し続けるだけだ。よせばいいのに彼は声の方向へとこっそりと向かった。茂みの陰に隠れて覗き込む。上げそうになった悲鳴を寸前で飲み込んだ。人だ、ぶくぶくと肥った人が鎖に繋がれて一列に歩いて工場の中へと消えていく、どれもこれも年老いた人間に見えた。白髪に深い皺、覚束ない足取り、生気のない目。
「おい!そこのジジイ!!こけんじゃねぇよ、後ろがつかえるだろが!」
転んだ老人を介抱することなく、彼の数センチ横に鞭を振り落とす。地面を打つ音がして老人は体を震わせてのろのろと立ち上がる。
「ほら!次だ次!!」
視線を動かすと、鎖につながれた人たちはコンテナのなかから出てきている。あんなものをどうやってここまで持って来たのかアンドレアスには分からない。
「離せ!!!壁の外は神の住まう世界じゃなかったのか!?こんな、こんなことが許されると思っているのか!?」
コンテナから怒鳴る声が聞こえた、アンドレアスよりも年若く、生気のない老人と違い彼は生命力に満ち溢れていた。がっしりとした体格には筋肉がついていて、彼が普段から鍛えていることが伺える。しかし神の住む場所とはなんなのかとアンドレアスは首を傾げる。かつてこの国は食糧難に襲われた。人類が汚染した環境のせいで動物が居なくなり、野菜作りも困難になった。だが、国の偉い人が土壌汚染を取り除き、野菜作りの環境に適した場所を作ることに成功。おかげで食糧難は去った。
この町から遠く離れた場所に壁に囲まれた一帯、その場所はファームと呼ばれ野菜作りが行われていると聞く。動物というものがどんなものなのかアンドレアスは知らない。こういう歴史があったということは聞いているだけでアンドレアスだけでなく国民は動物という言葉は知っているがなんなのか分かっていない。食糧難という言葉から食べられるものだったのだろう。と推測しているだけだ。
「それはここで降ろすものじゃない。金持ち様直通のものだ」
「おい!!聞いているのか!?」
ボードを持っていた男性が叫ぶ男性の腕にある焼印を見てコンテナのなかに戻すように指示する。
「びーびーうっせぇな!お前は今から金持ち様の家に買われて、そこで肉の塊になって食われるんだよ」
すぅっと男性の顔から表情が消え、途端に暴れ出す。
「出せ!!こっから出せ!!俺は帰る!あの村に帰るんだ!」
「家畜如きがびーびーうっせぇよ!」
男に向けて鞭が振るわれる、上半身に何も身につけていなかった男性の体にくっきりと鞭の跡が残った。
「馬鹿!商品に傷付けんな。あの家のシェフはケチ付けるから少しでも傷があると直ぐに値切ってくるぞ!」
「けど、家畜のくせにでかい口叩くから」
「それ以上ぐだぐだ言ってると、お前の給料から差し引くからな」
「分かったよ、悪かったよ」
その後も喚いている男性には目もくれずにコンテナの鍵を閉める。ここで降ろされた人たちは全員工場の中に入ってしまった。一部始終を見ていたアンドレアスは、コンテナが何かよくわからない機械に乗せられて走り去ってしまってから茂みから出てその場に呆然と立ち尽くした。いつも食べていたあの筋張ってばかりの固い肉はあの連れてこられた老人たちの肉だった。同じ形をした人間を家畜と呼び、それを食べていた。
「なんだよ…それ」
ひとり呟いて体が震えた。背中側から見れば怒りで震えているようにも、悲しみで泣いているようにも見えた。そうではなかった彼は笑っていた。目をぎらぎらさせて笑っていた。
「人間だった、俺が食べていたのは人だったんだ!!」
ひとり声が漏れる。
「凄いじゃないか!!仕事では自分より年下の上司にこき使わてて!家では妻や息子に邪険に扱われている、俺が!普通に暮らしていた人間の肉を食らっていたなんて!」
感激で身を震わせた。
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Posted bymugi

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